芸能界ではどのような人材が求められているのか?
アクターズスクール広島(ASH)の生徒たちが送るきびしいレッスンの日々は、もちろんデビューの夢をつかむためにある。
では、彼女たちは何をすべきなのか。ASHのプロデューサーで事務局長を務める南典秀氏を聞き手に、エイベックス・マネジメントで新人アーティストの発掘、育成やスクール関連の事業を担当する北垣光啓氏に話を聞いた。
北垣光啓(きたがき・みつひろ)
エイベックス・マネジメント株式会社 アカデミー事業グループ ライセンス運営管理ユニット ユニットリーダー。過去にエイベックス・グループの新人開発育成の西日本エリアを担当。数多くのアーティストを発掘育成、デビューまで導いた。
「思いを持ち続けること」がむずかしい
──最近はエイベックスさんからダンス&ボーカルの講師を派遣していただいて、ASHでワークショップをやらせていただいたりとお世話になってます。エイベックスさんは大きな組織でありながら、丁寧かつ熱い視線を持って新人開発をされている印象があるのですが、どのような視点で新人を発掘されているのでしょうか?
いろいろあるのですが、会社的にはやはり「思いの強い子」を探しています。オーディションで「デビューしたい?」と聞くと、みんな「デビューしたい」と言うんですけど、その思いの強さって人それぞれなんですよ。
「願えば叶う」とはよく言いますが、実はその過程の話ってすごく省略されていて、思いが強い人はずっと努力し続けられるので願いが叶うんです。思いの強さは個人の努力の量に結びつくと考えているので、僕らは本人たちに言葉でも問いかけますし、時間をかけて思いの強さを測ったりもしています。
──では、思いの強さを見るためにある程度の期間をかけることも?
まさにそうですね。課題を渡して成長を見たり、何度かチェックを繰り返して行うなど、以前よりは時間をかけて見極めています。なので、ASHさんのような受ける側からすると、まわりくどくて「まだ結果出ぇへんのか!」みたいなところもあると思うんですが…。
──エイベックスさんとしても、変化しているんですね。
2年前に大きな構造改革があって、自社ビルも建て替えましたし、時代の変化とともに新しいことにもチャレンジしています。たとえば、いままでのアーティストとはひと味違う、新しいカルチャーを持ったアーティストを1から作ろうと準備しています。また一方で、従来のエイベックスらしいアーティストの企画も進めています。
──それにはやはり、思いの強さが大事になってくると。
そうですね、あとは継続できるかどうか。一瞬強く思うことはあっても、その思いを持ち続けることがまたむずかしいと思うんです。そういう意味では、ASHさんのようにプロを目指せるレッスンがあって、まわりにモチベーションの高い子たちが集まっている環境はすごく魅力的なんですよ。広島エリアでどんどんいい人材が育ってくるのを、いつも楽しみに見させていただいています。
──ありがとうございます!
僕も大阪で勤務していたときに西日本の発掘をやっていたんで、ASHさんにも何度か足を運んだことはあったんですけど、こうやって密にやりとりさせていただくようになったのはここ数年なんですよね。
ハードルの高い育成を築いたK-POP
──エイベックスさんはやはりダンス&ボーカルのイメージが強くて、いわゆるアイドル色の強いユニットはそこまで多くないですよね。
もちろん、アイドルもいるんですが、ソロでもグループでも歌とダンスを武器にすることは重要かなと思っています。それ以外にもさまざまなアーティストはいますが、やはりダンスミュージックにはこだわりがありますね。
──広島ではここ数年、ASHを「アイドル学校」と呼ぶ声が増えているんです。我々としては、エンターテインメントの幅はもっと広いと考えてやっているつもりなんですけど、あまりにアイドルのイメージがついているので、エイベックスさんのお力を借りて、ダンス&ボーカルのワークショップをはじめたところもあるんですよね。
アイドルの幅が広がったことも理由かもしれないですね。
──最近は海外でも活動するアーティストが増えていますが、K-POPなども含めて、海外のエンターテインメントについてはどうお考えですか?
いろいろなところで話を聞いても、アジア内でJ-POPはほとんど浸透していなくて、やっぱりK-POPなんですよ。10年、20年前はJ-POPがアジアでナンバーワンだった時代もあったんですが、ここ10年くらいはもう明らかにK-POPが第一線。そのことは僕らも素直に受け入れて、学ぶべきところは学ぼうと考えています。
韓国のレベルと比べたときに「あれ?まだちょっと及んでないな」と感じたりするんですよ。そこで韓国の育成について調べたときに、やっぱり日本ではやっていないくらい徹底的に鍛え上げてからデビューさせていたり、我々の視点とはちょっと違っていました。でも、そこは合わせていかないと太刀打ちできないのかなと、特にダンス&ボーカルっていうジャンルにおいては意識していますね。
──日韓での育成に違いはかなりありますか?
ここ10年〜20年の差は、明らかにありますね。15年前くらいは逆に韓国側が日本に見学に来たりしていたんですけど、そこからいいところを持ち帰って、よりハードルの高い育成を築き上げたんだと思います。
──最近は日本から韓国のオーディションを受ける子もいますよね。
多いですね。10代の子たちに聞くと、憧れはもうK-POPだという子がふつうにいますから。ただ、確かにこれまでは国籍や国境みたいなものは意識していたと思うんですけど、これからはまったく意識せずに作るほうがむしろ自然なのかなとも思います。
プロジェクトによって異なりますが、あくまでもJ-POPメインなアーティストもあれば、そこをまったく意識せずにアジアや世界を視野に入れているプロジェクトもありますので。
歌、ダンス、お芝居…ASHはバランス良く教育しているのが魅力
──エイベックスさんは自社でもスクールの運営をされていますよね。
そうですね。以前は発掘育成とスクール運営を別の部署でやっていたり、自社のスクールからアーティストを輩出することに注力していた時期もあるんですけど、いまは発掘と育成とスクール運営をすべて一貫してマネジメント部門でやっていますので、むしろ全国のスクールさんとも積極的につながっていきたいという体制になっています。
──僕らとしても、エイベックスさんは大きなスクール運営をやってるから、やりとりはむずかしいんじゃないかという声があったんですけど、情報もすごくオープンにいただけていますし、こうやってキャッチボールさせていただいて、すこしずつ信頼関係を築けているのはすごくありがたいです。北垣さんから見て、ASHはどのように見えていますか?
数々のアーティストやタレントを輩出しておられる実績はもちろんですが、歌とダンスとお芝居と…バランス良くやられてるイメージがすごくあります。うちも歌とダンスはすごく重視していますけど、全国的にもこういうバランスでやってるスクールって、本当に数少ないんですよ。
それで20年続いていて、しかも大規模な発表会を年2回続けているというのは相当だと思います! ダンスだけ、歌だけ、みたいなところはいっぱいあるんですけどね。
──あとは…いまのエイベックスさんの力強い空気に乗って、うちからも一緒にスターを輩出できたらと…。
まさにそういうお付き合いをしっかりと作っていきたいです。これからスターを育て上げて、恩返ししたいなというのはありますね。
重要なのは「やり続ける強さ」
──オーディションや発表会では、主にどういったところを見ていますか?
やっぱり必然的にスキルを最初に見ますね。歌やダンスの技術とか、あとは将来性という点で、現時点でスキルはなくても、たとえば声質や個性、思いの強さなども同時に見ていて、この期間でこれだけ踊れるならもっとやれば…というような可能性の部分も注視しています。
──継続的にもチェックをされているんですね。
むしろ、いまはそこを重視しています。ダンスしかできなかった子で、歌がやりたいと言った子にはやらせてみたりするんですけど、半年後に見比べたら伸び方が違うんですよ。その差はやり方の問題なのか、努力の量なのかは、まだ測れないところもあるんですけど、それぞれの成長は定点観測でちゃんと見ています。
──目をつけていた子が、他の事務所からデビューしてしまうこともありますか?
もちろんありますよ。たとえば、本当にいい子って同じタイミングで何社からも声がかかるんですよね。そのときにより具体的なプランがあるかどうかが重要だと思います。
──タイミングはありますよね! 素材は良くてもそのときに求められているキャラクターでなければ、パチッと合わないですし。それはすごく感じているので、逆に子どもたちにはオーディションにひとつふたつ落ちても、そんなにくじけることはないと言っています。
我々もオーディションのときに「また次見せてね」とよく言うんですけど、本人たちからするとそこで1回落ちたら、もうチャンスがないと思っちゃうんですよね。でも、実際はぜんぜん違っていて。まだ期待していて、でもまだ早いからもうちょっと様子を見ようっていうケースが多いので、継続的にオーディションを受けてもらえるほうが絶対にチャンスは多くなると思います。
──親御さんからしたら、ちょっともどかしいんだと思うんです。やっぱり答えが欲しいから。でも、なかなかすぐには出ないので、思いの強さを継続していくことが大事なんですよね。
まさにそうですね。やっぱりデビューしていく子たちは、気持ちが強いです。積極的にいろいろなことに参加しているし、あきらめずにやっている。さらに言えば、デビューはゴールではなくて、スタートなんですよ。いま第一線にいるアーティストたちと勝負していかないといけないということを考えると、やり続ける強さはとても重要だと思いますね。
撮影=時永大吾
執筆=森野広明